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【2017/03/26 12:19 】 |
日本橋美容室 議論を避けていいんですか?――“規制”と“規制の監視”の違い

 「規制すること」と「規制を守らせること」は、言葉は似ていますがまったく異なる概念です
権限のある当局が、プレーヤーである企業や個人の行動に制限をかけるのが「規制」です。

 一般的に官庁や行政の長は「規制強化」を望みます。なぜなら彼らにとって規制とは「権力の源」だからです。また規制はその「中」に入った人たちを守ってくれるので、それらの人たちもいつしか「規制緩和には絶対反対!」と言い出します。これが「既得権益層」です。

 反対に、今持っているものが少ない人、例えば新興企業、新しい産業、若い人などにとっては、規制緩和や自由化が有利です。また「規制は少なければ少ないほど、経済全体がうまく回るはず」と主張する規制緩和論者もいます(ちきりんもその1人です)。

 一方、「規制の監督」とは、規制が遵守されているかどうかを監視し、守られていなければ是正させることで、規制自体とは別の概念です。規制自体は「もっと緩和すべき」と考えている私も、規制の監督については「もっと強化すべき」と感じることが多くあります。【ちきりん,Chikirinの日記】

●“規制強化”と“規制の監督強化”は別

 例えば、派遣という働き方に関して、「派遣制度自体を禁止するべき!」と主張をする人がいます。この人たちは「規制強化論者」です。

 しかし、派遣法を巡る問題の大半は「規制の監督」にあったはずです。数年ごとに形式的に契約を分割して正社員化を避けたり、派遣社員でも適用されるべき年金や健康保険への加入手続きを怠ったり……さまざまな脱法行為が行われたのは、規制の監督ができていなかったからです。

 であるならば、解決方法は「規制の監督をより強化する」ことのはずです。それなのに、何か問題があったから派遣制度自体をなくしてしまえと主張するのは、いかにも安直です。

 運用上の問題が起こるたびに制度自体を全否定していたら、新しい仕組みは何1つ社会に定着しません。新たな制度をどうやったら適切に運用できるのか、社会全体で工夫や努力をすることが求められているのです。

●規制緩和にともなって生まれる議論が大事

 学校の服装規定なども同じです。制服を義務化し、さらにスカート丈は●センチなどと決めてしまえば、服装指導は非常に簡単です。

 もし規制緩和が行われて「高校生らしい服装であれば、制服でなくても可」というルールに変わったら、適切な監督をするためには「本当にこれでよいのか?」という議論が必要になります。

 また、お金持ちの子どもがブランド物づくしの格好で登校するかもしれません。「これでは貧しい家の子どもがかわいそうだ。だから、全員制服に戻すべき」と規制強化論者は主張するでしょう。

 貧しい家の子が洋服を万引きし、「●●ちゃんみたいなかわいい洋服が欲しかった」と言えば、彼らの鼻息はいっそう荒くなります。「だから言わんこっちゃない。規制緩和なんてするからだ!」と。

 確かに「子どもに貧富の差を感じさせるな」というのは、きれいで通りのよい主張です。しかし学校の中だけ貧富の差を隠して、社会の現実から子どもを目隠しして何の意味があるのでしょう? ブランド物をひけらかすようなことについても、他者からそれがどう受け止められるか、学ぶ機会を早めに得ることは重要です。

 同時に「何が高校生らしい服装なのか?」ということを先生や生徒、親が話し合えば、異なる価値観の理解や世代間の理解が進むチャンスにもなります。

 規制を緩和し、自由度を大きくすることで人は考えるようになり、実社会で生きていく術を学びます。自由な発想が生まれ、お金がなくても工夫する方法を考えるし、自分に手に入らないものがある時に、どんな方法でその気持ちを解消すべきかと思考します。自由化によって生じるさまざまな問題の解決方法を考えること、それこそが重要な教育です。

 制服を廃止して、何か問題が起こった。「だから制服を再度義務付けよう」というのは、問題解決を避ける「退化の思考」です。「交通事故を起こしたから、クルマの使用を廃止しよう」というような世界は進歩できません。「どうやったら事故を防げるか」を考え続けてきたから世界は進歩してきたのです。「監督が無理だから、規制を強化しよう。全部やめてしまおう」というのは「後ろに向かって走る道」です。

●問題の大きさに目を背けてはいけない

 原子力発電についても、福島第1原発の事故で「原子力発電自体をやめるべきだ」という意見もみられます。しかし、たとえそれが最終的に国民の総意になるのだとしても、「問題があるから一切やめるべき」という論法を簡単に支持することは、ちきりんにはできません。

 問題の大きさに目を背けることなく、その問題をどうすれば克服できるのか、必死で考えて行くことこそが社会と技術の進歩を支えていると思うからです。

 そんじゃーね。

著者プロフィール:ちきりん

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【2011/04/20 13:38 】 | 日本橋美容室 | 有り難いご意見(0) | トラックバック(0)
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